城間栄順(しろまえいじゅん)は、1934年に先代の人間国宝・城間栄喜の長男として沖縄県首里市に生まれました。
父の栄喜は、晴れの舞台を好まず、ただひたすら「紅型」の復興に力を注いだ人であり、父親譲りの職人気質をしっかりと受け継ぎました。
城間栄順は、1959年首里高等学校を卒業し、家業の「琉球紅型」に専念しました。
「琉球紅型」とは沖縄の地に生まれ、廃藩置県や第2次世界大戦といった歴史の波により衰退の危機を辿りながらも、今なお新しい風を吹かせ、新しい感性を含み、そして琉球独
特の雰囲気を併せ持つ世界です。
その起源は15世紀頃と言われ、琉球王朝が盛んに東南アジア諸国や中国と貿易を行っている中で生まれたと言われています。
そして沖縄の高温多湿の気候、風土に育まれ、琉球王朝の繁栄と共に独自に開花したものです。
紅型の「びん(紅)」は「色」を差し、「かた(型)」は「模様」を意味します。
琉球王朝の保護下、次第に技術も高められ、王族や高官、貴婦人等の高貴な人々の衣裳、王からの下賜品、冊封使を招宴する宮廷舞踊衣裳などとして、華麗な美を誇りました。
その後、城間栄順は1963年に沖縄美術展覧会染色部門奨励賞を受賞、1965年には、沖展準会員に推挙され、1966年に沖準会員賞を受賞しました。
「海、魚が大好き」で、自然をこよなく愛する人です。
その気持ちが作品にも表れ、海、魚、珊瑚など歩との手に荒らされていない綺麗な沖縄の海をモチーフにしたものが多く作られています。
その紅型作品の一つ一つの細かい柄は、宇宙のような、果てしない大きな海のような、そんな空間を感じさせます。
また、その独特の色遣いは、顔料を用いることにより琉球の強い日差しにも鮮やかに映える色彩へと仕上がっています。
躍動感さえ感じる生き生きした図柄が大胆且つ繊細な仕上がりの着物です。
一反一反に大変な手間が掛けられ、世界に一点ものとなり高い希少価値が生まれています。